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Archive | 2008年09月

「裁判所、おまえもか!」 ~偽装列島 日本~

09/28
これまでも、お話してきたとおり、私の国家賠償訴訟の二審判決では、控訴人(私)の主張の中から、行政が関与した部分を完全に削除して、主張の趣旨をねじ曲げたものを、控訴人の主張であるとして、判決理由に書かれました。
そして、上告不受理によってその虚偽の判決が確定してしまったわけですが、私は、この事件の特異性から、検察の起訴・不起訴にかかわらず、最高裁判所、自らが率先して事件の原因究明、再発防止、関係者の処分等を行うべき問題であると考えています。


このことを、何回かに分けてお話したいと思います。
1回目の今回は、二審判決における虚偽の文書作成の重大性について、考察してみたいと思います。


判決書における虚偽の文書作成の重大性
「裁判の当事者の主張が、裁判官により変えられてしまった。しかも、それが、控訴棄却の判決理由にされてしまった。」
逆に言えば、控訴棄却の判決の趣旨に合致するように、判決理由が作られたということになります。

民事裁判であるから、その重大性が実感され難いかも知れませんが、仮に、このようなことが、刑事裁判で行われたなら、どういうことになるでしょうか?

たとえば、被告人を犯人とする合理的な証拠や理由もなく、被告人自身も犯行を否認しているにもかかわらず、裁判官が、判決の段階で、いきなり、「被告人は、犯行を認めている。」と書いて、被告人を犯罪者に仕立て上げてしまうことになります。
犯罪者にされてしまった被告人の人生は、もう台無しです。


裁判で、このようなことが許されるのなら、判決は、“有罪”でも“無罪”でも、裁判官の思い通りにコントロールできることにないます。
 それは、もはや裁判とは言えません。


今回、仙台地検が、仙台高裁の裁判官らを不起訴処分にしたとはいえ、控訴人の主張と違うことが、控訴人の主張であるとして判決書に書かれたという事実は、控訴理由書と二審判決書というふたつの客観的証拠によって証明できる明らかな犯罪行為なのです。


「控訴人の主張と違うことを、控訴人の主張であると偽って判決書に書いた。」
これって、どこかで聞いたことのあるパターンの言葉じゃありませんか?
そうです。あれですよ、あれ。
「食用に適さない汚染米を、食用と偽って流通させた。」 
「中国産のウナギを、国産と偽って・・・・・。」 
「普通の牛肉を、ブランド牛と偽って・・・・。」 
「賞味期限の過ぎた食品を、賞味期限内と偽って・・・・。」
挙げたら、きりがありません。
すべては、供給元の利益のためです。


私の国家賠償訴訟の二審判決も、これらと同じパターンの事件であることは確かですね。
そして、少なくとも、そういうことを引き起こす人間のモラルの観点からは、同レベルの問題ではないでしょうか?
裁判所の権威も、ずいぶんと失墜したものですね


しかし、判決書に虚偽のことが記載されたということが、他のどのような事件と比較しても、最も重大で許しがたい問題であるのは、国のいかなる組織や機関と比較しても最も信頼されなければならない厳正中立であるべき裁判所の中で行われたことであるからにほかなりません。

ちなみに、これらの企業のたどる道は、ほとんど同じです。
はじめは、責任者が、「そのようなことは、やっていない。」 「知らない。」としらを切り、調べが進み、事実関係が暴かれ、マスコミも騒ぎ出し、どうにも言い訳ができなくなると、「私が、指示しました。」 「利益を上げるためにしました。」と、どれもこれも、みな判で押したように同じです。


 せめて裁判所ぐらいは、同じコースを進まないことを願っております。


※ 次回は、最高裁は、なぜ虚偽の仙台高裁判決を確定してしまったのかについて考察してみたいと思います。

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二審のインチキ判決のわけ、実は、仲間(一審の裁判官)思いの“お情け”だったの?

09/21
10日ほど前の新聞に、法科大学院(ロースクール)修了者を対象とした新司法試験の結果について掲載されていました。
こういう類の記事には、合格者を増やすことによる法曹の質の低下が懸念されるというようなことが、必ずどこかに書いてあります。


では、そうであるならば、超難関の試験に合格し、すでに法曹として活躍されていらっしゃる方々は、みなさん質が高いのでしょうか?

これについては、私は、大きなクエスチョンマークをつけなければなりません。

大多数の方々は、優秀でいらっしゃることを信じたいとは思いますが、少なくとも、私の二審判決をお書きになった方々は、クエスチョンマークの該当者になってしまいます。

根拠を挙げるならば、
私の二審判決では、事件を一方向から検証しただけで安易に結論付けているのですが、それは、一見正しそうな理屈に思われるのですが、別の角度から検証したときには矛盾だらけなのです。
どうも、物事を多面的に捉え、あらゆる方向から矛盾がないように論理的に結論を導き出すことが苦手なようですね。


また、以前お話したように、接続詞の使い方がおかしかったり、前後の文脈と論旨が合っていない部分があったり・・・・
これらは、ほんの些細なことなので、もしかしたら、判決を書いた裁判官のケアレスミスだったのかもしれませんが、合議体のほかの裁判官の誰も、そのことに気がつかなかったということは、いったいどういうことなのでしょう。


このような私の批判に対し、仙台高裁の裁判官が、
「何をおっしゃるの。
私たちは、判決理由が矛盾していることも、接続詞の使い方がおかしいことも、ちゃんとわかっていましたよ。
でも、私たちの将来のために、国を勝たせたかったから仕方がなかったのよ。」

なんて、心の中で思っているとすれば、裁判官としての資質が問われる前に、人間としての資質が疑われますよね。
何たって、自分たちの出世のためなら、“他人の裁判なんてどうでもよい。” “被害者の生活や人生なんてどうでもよい。”ということになり、エゴむき出しということになるわけですから。

いずれにしても、裁判官としての資質には、?がつきますね。

ただ、同情するところ(裁判の用語では、“酌量の余地”なんて言いますよね。)があるとすれば、仲間(一審の裁判官)思いの温情あふれる裁判官ということにでもなりますでしょうか?

たとえば、仙台高裁の裁判官が、福島地裁いわき支部の裁判官に対して、
「一審判決の証拠採用や判決理由のことですが、ずいぶんと無理を通されて頑張りましたね。
きっと、ご自身の将来のことを考え、そうされたんでしょうね。そのお気持ち、よくわかりますよ。
でも、控訴人が、具体的な根拠を挙げて反論していますので、あなた方が一審で採用された証拠や判決理由は、二審では、ほとんど使い物になりません。
それで、もし、私たちが、一審判決を覆したとしたなら、、あなた方の頑張りも水の泡ですし、お立場もなくなりますよね。おまけに、私たちの将来にも影響を及ぼしかねませんし・・・・
それで、この際、あなた方のために、一肌脱ぎましょう。
ラッキーなことに、控訴人は素人の本人訴訟ですし、私たちに任せてください。」

などという気持ちを抱き、例のインチキ判決を書くに至ったんじゃないかなんて、私は、ついつい思いを巡らせてしてしまいますが・・・・


「裁判所の後始末なんか、御免だね!」  ~これが検察の本音じゃないの?~

09/15
一見すると何の関連もないようなことがらが、一瞬のひらめきで強固にリンクし、問題が解決することってよくありますよね?

私は、裁判での立証も、この“ひらめき”により、だいぶ助けられました。

そして、それは、一生懸命考えているときには全然思いつかないのに、そのことから離れて頭の中がリラックスしている状態のときに、突然ひらめいたりしますよね。

私のつい最近のひらめきによりリンクしたのが、次の三つのことがらです。

 裁判官らを刑事告訴してから不起訴処分の通知書が届くまでのおよそ半年間、
  検察からは、事件のついての問い合わせや事情聴取など、一切ありませんでした。
  検察は、立件はしたものの、当初から起訴する気がなかったのではないかと、
  私は思うのです。


 不起訴処分の理由を聞きに仙台地検を訪れたときのことですが、
  不起訴処分の理由は「嫌疑なし」ということだけで、なぜ嫌疑がないのか、検事からは、
  全く説明がありませんでした。

  ただ、その後の対応のことで、検察審査会に不服を申し立てることができるということを
  言われました。
  さらに、私が、裁判が、中立性に欠けていたということを事細かに話したところ、検事は、
  「裁判は、二審だけじゃなく、一審からおかしかったんですね。」と、私の話したことに、
  すんなりと納得した様子でした。
  そして、仙台に来ているので、裁判所の検察審査会に行ってはどうかと、検事は、再び
  検察審査会のことを言ったのです。


 前回のブログでお話したことですが、検察審査会事務局の事務官は、裁判所の
  事務官の中から、最高裁判所によって命じられます。


 ある時、この三つのことがらが、私の頭の中で、ピピッと、一瞬にして結びつきました。

あくまでも、私の仮説ではありますが・・・・

もしかしたら、検察は、私が、検察審査会に申し立てをするように、わざと仕向けたんじゃないかって思ったのです。

つまり、検察が、裁判官を、本来の業務に関することで起訴したなら、大騒動になることは間違いありません。
しかも、最高裁の判事の罪まで問われることになるわけですから、そうなれば、司法の信頼は、根底から揺らぐことになりますし、司法関係者からは、 検察が非難の的にされることも予想されます。
とにかく、非常にやっかいな事態になると思うのです。
それで、検察が、騒動の根源になることは、絶対に避けたかったんじゃないでしょうか?


そもそも、このような事件が起きる背景には、ヒラメ裁判官ほど出世する傾向にあるというような、裁判所全体の歪んだ体質があり、そんな裁判所の後始末なんか、やってられないと思った検察が、最高裁判所の管理下にある検察審査会に申し立てをするように仕向けたんじゃないかって、私は考えたのですが・・・・

裁判所が、検察審査会を通じて、刑事告訴についての情報を得たならば、一応、立件された事件でもあるわけですし、内部の者がかかわっているとなれば、組織としても、何らかの調査なり対応をとらざるを得ない事態になると思うのです。

検察は、“裁判所のことは、自分たち(裁判所)で処理してくれ!”って、そこを狙ったんじゃないでしょうか?

これって、都合のよい勝手な解釈でしょうか
 けっこう、いい線いっているんじゃないかって思うのですが・・・・・


検察審査会って裁判所の中にあるけど、本当に大丈夫なの?

09/09
検察の不起訴処分に不服なとき、「不起訴」が適切であったのかどうかの審査を申し立てるところが検察審査会なのですが、検察審査会が裁判所の中にあるってこと自体、私にとっては、とても嫌な感じがしました。
何と言いましても、審査申立書を提出した裁判所の同じ建物の中に、被疑者らも勤務しているわけですから。

それで、検察審査会について調べてみました。
グーグルで検索すると、トップにヒットしたのが、最高裁判所のホームページにある検察審査会のページでした。
やはり、嫌な予感、的中かも・・・・?


検索結果が上位ということは、これが最も有用性のある情報ということになりますよね。
ということは・・・・


調べていくと、やはりそうでした。

不起訴が適切であるかどうかの審査は、国民の良識を反映させるために、選挙権を有する者の中から地域ごとにくじで選ばれた11人の検察審査員で組織されている検察審査会がするそうなのです。
ところが、どうやら、検察審査会が、 ただ単に、裁判所の中に間借りしているというようなものではなく、検察審査会の中に検察審査会事務局というのが置かれていて(j検察審査会法19条)、その検察審査会事務官は、裁判所事務官の中から、最高裁判所によって命じられるそうなのです(検察審査会法第19条)。


そして、検察審査会法によれば、「検察審査会事務局長及びその他の検察審査会事務官は、検察審査会長の指揮監督を受けて、検察審査会の事務を掌る。(第20条4項)」ということなっており、検察審査会の権力が絶大であるかのような印象を受けるのですが・・・・・

果たして、突然くじで選ばれ、勝手も知らない任期6ヶ月の検察審査員が、実際にそのような権利を行使できるのかどうか、とても疑問ですね
大臣と官僚の例もありますし・・・・

一応、検察審査会が、検察と距離を置いているということはわかりますが、私の告訴のケースのように被疑者が判事で、しかも、最高裁の判事までが被疑者になっているわけですから、身内の事件を身内が扱うというよりは、自分が自分の事件を扱っているような感じを受けるのですが・・・・

私は、これまでの裁判での体験から、どうもこの日本という国は、民主国家を謳いつつも、官僚にあやつられた最高裁という巨大モンスターに支配されているように思えてならないのですが・・・・・
このように思うのは、私だけなのでしょうか


ちなみに、起訴するかどうかの最終的責任を負っているのは検察官で、検察審査会の議決には、拘束力がないそうなのです。
そのようなわけで、それでは民意が反映されないという批判もあり、検察審査会法が改正されるらしいのです。


それによれば、検察審査会の起訴相当の議決に対して、検察官が起訴しない場合、検察審査会は、再度審査を行い、審査会が起訴すべき旨の議決(起訴議決)をしたときには、検察官の判断にかかわらず、強制的に起訴されるという起訴強制の制度が、平成21年5月までに導入される予定だそうです。
(最高裁ホームページより)


 ホントにそうなって欲しいものです。


審査申立書 意見書 仙台検察審査会御中

09/02

裁判官を不起訴とした処分に納得できなかった私は、8月25日、仙台検察審査会に、審査申立書を送付しました。

審査申立書は、定型の用紙があるので、その項目にしたがって記入すればよいのですが、被疑者の記入欄も一人分しかなく、また、罪名の欄も小さく、私の告訴のケースのように被疑者が8名というような場合には、とても書き切れません。
それで、書き切れない分については、別紙に記入して提出するようになります。


また、「被疑事実の要旨」 「不起訴処分を不当とする理由」などという項目もあるのですが、いずれの欄も、5~6行とスペースがせまいので、そこには、簡略化した要旨を記入しました。
枠内に、ちょうど収まるように、どの文章を残し、どこを削るか、ちょっとたいへんでした


でも、これでは、私の伝えたいことが、全然書けませんので、別に、“意見書”として、不起訴処分を不当とする理由について、詳細を述べた文書を提出しました。

仙台高裁判決は、虚偽の内容や矛盾した判断を含んでいておかしいということ、そして、その判決を下した裁判官が、不起訴処分となったことが不当であるということに関しては、これまでのブログでも、詳しくお話してきました。
それで、無精者の私は、ブログからコピーしたものを、つぎはぎし、正式な書面にふさわしいように、あちこち、ちょっと格式ばった表現に変え、さらに、新たな意見も付け加えて“意見書”としました。


私の書いた文章を自分でコピペ(コピー・アンド・ペースト)したものでありまして、学生の間で横行しているような、他人の書いた文章のコピペではありませんので、くれぐれもお間違いなく

一部省略のところもありますが、審査申立書別紙と意見書は、下記のとおりです。

「意見書」の最後に、“その他”として、私のこのブログの紹介を記載していますが、決してアクセス数アップを狙ったものではありません
理由は、次のふたつです。

 刑事告訴しているのは、二審判決に関する部分でありますが、一審判決も、証拠を無視した事実認定、証人尋問の際の不審な訴訟指揮、不当な証拠採用など、二審判決に劣らず公正さに欠けていたわけで、その延長線上に二審判決があるということ、つまり、いずれの裁判においても結論(判決)が 先行しての判決理由であり、国家賠償訴訟そのものが公正さに欠けているということを、知っていただき、それを考慮したうえで判断していただくために紹介しました。
 事件の性質上、最低限、証拠として提出した控訴理由書と二審判決書を、読み比べる必要があるのですが、検察審査会のメンバーは一般の人々で構成されているそうなので、堅苦しい文書を読むのが苦手な方にも、理解していただけるよう、わかりやすい表現で書いているブログを紹介しました。


審査申立書(別紙)
(3) 罪名
   被疑者A、被疑者B、被疑者Cにつき
   虚偽有印公文書作成、虚偽有印公文書行使

   被疑者D、被疑者E、被疑者F、被疑者G、被疑者Hにつき
   虚偽有印公文書作成幇助、虚偽有印公文書行使幇助

(6) 被疑者B              被疑者C            
     (住居) 不明           (住居) 不明 
     (職業) 判事           (職業) 判事
     (氏名) 鈴木桂子        (氏名) 岡田伸太
     (年齢) 不明           (年齢) 不明

    (被疑者Aないし被疑者Cの就業場所)平成19年7月現在
     〒980-8043
     宮城県仙台市青葉区片平一丁目
        仙台高等裁判所第2民事部

    被疑者D         被疑者E         被疑者F
     (住居) 不明      (住居) 不明      (住居) 不明
     (職業) 判事      (職業) 判事      (職業) 判事
     (氏名) 那須弘平   (氏名) 藤田宙靖   (氏名) 堀籠幸雄
     (年齢) 不明      (年齢) 不明      (年齢) 不明

    被疑者G         被疑者H
     (住居) 不明      (住居) 不明 
     (職業) 判事      (職業) 判事
     (氏名) 田原 睦夫  (氏名) 近藤宗晴
     (年齢) 不明      (年齢) 不明 
 
    (被疑者Dないし被疑者Hの就業場所)平成19年11月現在
     〒102-8651
     東京都千代田区隼町
        最高裁判所第3小法廷

※ 被疑者A(大橋弘)については、審査申立書(定型の用紙)に記載。

    

意見書

平成20年8月25日
仙台検察審査会 御中

〒 
福島県いわき市
申立人  ****



申立人は、本件の不起訴処分を不当とする理由について、審査申立書で概要を述べているが、下記の観点について、補足する。

(被疑事実の概要)
申立人は、夫の長時間労働について労働基準監督署へ電話相談したところ、労働基準監督署の職員の不適切な対応により、夫が勤務先からの退職を余儀なくされたとして、平成17年7月、夫と申立人の損害賠償を求める国家賠償訴訟を提訴した。
被疑者人AないしCは、平成17年7月に申立人が提訴した国家賠償訴訟(福島地方裁判所いわき支部平成17年(ワ)第***号慰謝料等請求事件)において、申立人が一審判決を不服として控訴していた控訴審(仙台高等裁判所平成19年(ネ)第***号慰謝料等請求控訴事件)での裁判官である。被疑者AないしCは、平成19年7月に言い渡した判決で、申立人が、控訴理由書の中で、控訴人の損害の本質であるとして述べた内容のうち、控訴棄却の判決の趣旨に合致するように、行政が関与した記述の部分を完全に削除して主張の趣旨をねじ曲げたものを、控訴人の主張であるとして判決理由に記載した。
そこで、上告受理申立理由書の中で、控訴審判決の前記部分の削除または訂正を求めていたわけであるが、上告審(最高裁判所第3小法廷平成19年(受)第****号)の裁判官である被疑者DないしHは、平成19年11月、上告不受理の決定をし、虚偽の内容を含む仙台高等裁判所判決を確定させた。



第1 被疑者Aないし被疑者Cの違法性を問える理由
判決書の構成を、裁判官の作業上の観点から分類してみると、次の3つに分類される。
 当事者の氏名、住所、請求など、機械的に書かれる部分。
 原告、被告などのそれぞれの主張を要約した部分
 裁判官が、どのような主張や証拠を採用して事実認定をし、最終的な判決に
  至ったのかという、裁判官の判断が加わる判決理由にあたる部分。


上記①に該当する部分は、機械的に書かれる部分であり、裁判官の主観が入り込む余地はなく違法性を問うことはできない。
また、上記③に該当する部分は、自由心証主義(民事訴訟法247条)の下に違法性を問うことはできない。
②については、事実認定の際の根拠となる部分であり、当事者の主張が正確に要約されることが要求される。

虚偽有印公文書作成等に該当するとして、申立人が刑事告訴している被疑者Aないし被疑者Cが作成した判決書の問題の部分は、上記の②に当てはまる申立人の主張が要約されている部分であり、申立人の主張と異なることが記載されているという点で、明らかに違法性が問える。

第2 被疑者Aないし被疑者Cによる虚偽の文書作成の悪質性について
1 行政関与の記述を完全に削除している点について
申立人が、虚偽有印公文書作成に該当するとして刑事告訴している、二審判決の問題の部分は、申立人が、控訴理由書の2ページ1行目から4ページ9行目にかけて、申立人の損害について詳細に述べた((ア)とする。)後に、締めくくりとして同9ページ10行目から18行目で、 『以上のような、・・・・・・が、控訴人の損害の本質である。』として、9行ほどにまとめた部分((イ)とする。)を引用して、判決書の6ページ16行目から21行目にかけて、 『・・・・・であって、これが控訴人の損害の本質である旨の主張をする。』((ウ)とする。)として、記述されている部分である。
一見すると、控訴理由書の中で 『・・・・が、控訴人の損害の本質である。』 としてまとめた部分(前記の(イ))に沿って、申立人の主張が要約されているかのような印象を受けるが、実際には、行政が関与した部分の主張が全く記載されていない。

控訴理由書(前記(ア))では、申立人の損害について、行政のかかわりを中心に主張しており、『・・・・が、控訴人の損害の本質である。』 として9行ほどにまとめた部分(前記の(イ))においても、申立人の損害の根本的原因は行政にあるということを明確に記載しているにもかかわらず、判決書(前記の(ウ))には、行政がかかわった部分についての記述は一切ない。

また、二審判決書の「第2 事実の概要 2 原判決の訂正等(2ページ26行目ないし3ページ14行目)にも、下記のように行政関与の記述が明確に記載してある。

『(1) 原判決5頁22行目の次に行を改めて以下のとおり加える。 
「・・・・・・・・(省略)・・・・・・・・が、控訴人の損害の本質である。」』


しかしながら、判決書の「第3 当裁判所の判断 2 控訴人の慰謝料請求について (2)(6ページ16行目ないし21行目)」においては、下記のように記載され、行政関与の記述が完全に削除され、申立人の主張の趣旨と異なることが記載されている。

『(2) ・・・・・(省略)・・・・・・・であって、これが控訴人の損害の本質である旨の主張をする。』 
     
つまり、被疑者Aないし被疑者Cが、控訴棄却の判決の趣旨に合致するように、行政関与の部分を意図的に削除したことがうかがえる。

2 接続詞の不適切な使用について
前記の第2 1で述べた判決書の中の行政関与の記述が削除されている問題の部分と、それに続く文章(判決書6ページ16行目ないし25行目)を下記に抜粋する。

『(2) ・・・・・・・・(省略A)・・・・・・であって、これが控訴人の損害の本質である旨の主張をする。。
しかしながら、・・・・・・(省略A)・・・・・・・で解決を図るべき問題であり、富岡署の職員の対応等と相当因果関係のある損害とは認められない。』


前記の抜粋部分のふたつ目の段落には、「しかしながら」という接続詞が使用され、その後に判決理由が記載されているわけであるが、この 「しかしながら」 という接続詞の使い方に問題がある。

前記抜粋のひとつ目の段落には、・・・(省略A)・・・に関することのみ記載されていて、行政のかかわりについては一切記載されていない。
また、ふたつ目の段落の3行目以降に、『それは、・・・(省略A)・・・で解決を図るべき問題であり、富岡署の職員の対応と相当因果関係のある損害とは認められない。』と記述されているわけであるから、「しかしながら」 という接続詞の使い方は不適切であり、文法的に正しい文章であるならば、 「そうであるから」や 「それゆえ」 などの順接の接続詞を使用すべきなのである。  
しかし、あえて 不適切な「しかしながら」 という逆接の接続詞を使用したことで、「しかしながら」の前の一つ目の段落には、ふたつ目の段落の内容と相反する状況である、行政のかかわりが書かれているような錯覚を起こさせるのである。


つまり、 「しかしながら」という不適切な接続詞の相乗効果により、前記判決書のひとつ目の段落である申立人の損害の本質について述べられている部分には、申立人の本来の主張どおり、行政関与の記述が書かれているような印象をより強く受けることになる。
判決書を読んだ人が、このような心理的な錯覚を起こし、行政のかかわりが全く記載されていないことに気がつきにくいということを十分に計算した上で、被疑者Aないし被疑者Cが、 あえて不適切な接続詞 「しかしながら」 を使用したのであれば、それは、極めて悪質である。

第3 被疑者Dないし被疑者Hの責任について
1 合理性に欠けるふたつの判決理由
二審判決は、一審判決と同様、控訴棄却であった。
しかし、二審において、申立人(控訴人)及び国(被控訴人)の双方が、一審での主張を補足したにすぎず、新たな主張や証拠の提出もなかったにもかかわらず、申立人の損害賠償請求に関する部分は、一審判決が全面的に書き換えられ、一審とは全く別の観点から結論づけられた。
そして、二審判決で、申立人の損害賠償請求を認めない理由は、二審判決書の 「第3 当裁判所の判断 控訴人の慰謝料請求について (1)及び(2)」 に記載されているとおり、それぞれ、下記のような内容で記載されている。


(1) 実際に損害を受けたのは夫であるのだから、控訴人には関係ない
   として、行政の対応と申立人の損害の因果関係を否定している。

(2) 「控訴人の損害の本質である。」として述べた部分から、行政関与の
   記述を完全に削除し、申立人の主張の趣旨と異なることを控訴人の主張である
   として、それを判決理由にし、行政の対応と申立人の損害の因果関係を否定してい
る。 

これらふたつの判決理由の問題点を下記に述べる。  
(1)について
労働基準監督署への相談の際に、詳しい情報を伝えることを躊躇していた申立人に、 「早く何とかしなければならない(夫の長時間労働を早急に解消しなければならない)ので、是非、会社名を教えてください。」と、申立人から積極的に情報を聞き出し、申立人が労働基準監督署の対応を確認した上で、会社名を教えたにもかかわらず、その確認とは全く異なる対応をしたのは行政であるのだから、関係がないはずがない。  
それで、申立人は、
一審から上告に至るまで、信義則の主張をし続けたにもかかわらず、いずれの判決書や調書にも、そのような主張をしていることすら記載されなかった。
判決を下す上で、法律的に関係ないことであるのなら、記載する必要はないと思われるが、申立人の損害に関して審理するうえでは、信義則の主張は極めて重要であると思われる。
いずれにせよ、判決書の(1)の理由については、上告受理申立理由書や告訴状で述べているとおり、無理に申立人の電話相談と損害との因果関係を否定しているために、論理に矛盾が生じている。


(2)について
虚偽公文書作成で刑事告訴している部分でもあり、行政関与の部分を完全に削除し、申立人の主張の趣旨をねじ曲げたものを判決理由としている。

つまり、これらのふたつを判決理由としなければならない合理性は、全くない。

2 被疑者Dないし被疑者Hの違法性について
前記の(1)の理由は、論理に矛盾があるので、判決理由として考慮に入れないとすれば、(2)の理由が、唯一判決を下す際の理由になるわけであり、申立人が、上告受理申立理由書の中で、その部分の訂正を、強く求めていたわけでるから、この部分に誤りがあることを指摘された被疑者Dないし被疑者Hは、高等裁判所に差し戻すなどして、訂正させるべきだったのではないかと思われる。
なぜならば、「判決の証拠とされた文書、その他の物が、偽造または変造されたものであったこと。」というのは、再審を提起できる要件(民事訴訟法338条1項6号)にもなっているわけであるから。
被疑者Dないし被疑者Hが、判決書に真実と違うことが書かれているということを認識していながら、何らかの理由で、上告不受理にし、虚偽の内容を含む仙台高等裁判所判決を確定させてしまったならば、これは、告訴状での罪名と同様に、虚偽有印公文書作成幇助、虚偽有印公文書行使幇助に該当すると思われる。
ところが、 上告されてくる年間数千件の事件の裁判資料を、15名の判事と三十数名の調査官で全て読むのは、物理的に不可能であるという考えのもとに、申立人の上告受理申立理由書を全く読むことなく不受理にしたために、二審判決の誤りに気がつかなかったとすれば、それは、詐欺罪が適用されるべきであると考えられる。
つまり、最高裁判所が、審理をすることを前提に、上告受理申立書や上告受理申立理由書などの文書を提出させ、印紙貼付により、訴訟費用まで受け取っているというのに、実際には、判決書に目を通さず上告不受理としていることになるわけであるから。


第4 国家賠償訴訟の裁判官を裁くことの法制度的・構造的不備
法務省の管轄である検察が、法務省が被告代理人となる国家賠償訴訟の裁判官を処分することに関しては、被害者の立場からは、公正さや中立性の面で強い不安を覚えるし、組織の統制という観点からは、著しい矛盾を感じる。
また、仮に起訴になった場合に、下級裁判所である地方裁判所が、高等裁判所や最高裁判所の裁判に関することを、果たして裁くことができるのかという法制度的・構造的な問題も生じてくると思う。
裁判官の本来の業務である裁判、特に、国家賠償訴訟や行政訴訟などのような、比較的、中立性や公正さが問題になりがちな裁判で犯罪が疑われるようなケースにおいては、既存の法律だけでは、とても対応しきれないようにも思うが、法制度の整備が不十分な現状で、あえて現行の法律の範囲内で処理するとするならば、公正さや中立性が損なわれないよう、第三者による十分な監視の必要性を強く感じる。


第5 その他
申立人は、一審から上告に至る裁判での体験を通じて、中立性や公正さに欠ける国家賠償訴訟の実態を痛感した。
このような国家賠償訴訟の実情を多くの人々に知ってもらうため、申立人は、ブログ(『不公正な国家賠償訴訟』http://trial17.blog40.fc2.com/)を開設している。
告訴状や意見書で述べている内容についても、わかりやすい表現で詳細に記しており、また、8月6日に担当検事から、不起訴処分の理由について説明を受けたときの状況につても記載しているので、そちらも参照されたい。
 

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ろーずまりー

Author:ろーずまりー
趣味にスポーツにと、平凡な主婦の生活を送っていましたが、夫の長時間労働を労働基準監督署に相談したことをきっかけに、その生活は一転。行政の理不尽な対応に、自ら国家賠償訴訟をすることに。
理系の出身ですが、知的好奇心に駆られた私は、法律関係の勉強に、けっこうはまってしまいました。
中立性に欠ける国家賠償訴訟の実情を、より多くのみなさんに知っていただきたいと思い、ブログを開設いたしました。

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