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Archive | 2008年12月

なぜ凶悪事件に裁判員制度なの? ~私の推論ですが~

12/25
前回の記事 「裁判所は“裸の王様”!」 には、わずか一週間ほどの間に、記事に対する拍手や肯定的なコメントをたくさんいただいております。
多くのみなさんが、司法に対して何らかの不信感をお持ちになっていることは確かなようです。
そして、それは、私のブログに限らず、ネット上に、司法批判ととれる同じようなサイトが氾濫していることからもうかがえます。


ネットが、広く一般社会や家庭に普及し、個人が自由に情報発信できるネット社会の到来により、そのことに最も危機感を抱いているのは司法、とりわけ裁判所ではないでしょうか。
特に、裁判所が、次のふたつのことを危惧しているのではないかと、私は考えます。


ひとつ目は、上で述べたような司法に関する批判や問題がネット上で広がり、これまで司法に無関心であった人たちの間にまでそれらの情報が共有され、社会全体において司法に対する信頼が失われてしまうことと、また、国際的にも、日本の司法に対する信用が失われてしまうことだと思います。

ふたつ目は、一般の人が、ネットを駆使して、司法に関する専門的な知識や情報を容易に入手できることだと思います。
一般の人が、専門書や文献など所有していなくても、ネットを使えば、判例、最新の学説、論文・・・など必要な情報が容易に調べられます。たとえ必要な情報がネット上で直接見つからなかったとしても、どのような本を読めばよいのかとか、あるいは、どこへ問い合わせたらよいのかというような情報を得ることができるのです。
つまり、ネットを駆使することによって、素人であっても専門家に劣らない専門知識や情報を得ることが可能なのです。

そして、そのことが裁判所にとって脅威となるのは、専門的な知識や情報を得た人々が、裁判の矛盾や問題点に気がつくことだと思うのです。

実際のところ、私の裁判に関していえば・・・・・
信義則の判例を調べたところ、私のケースと事実関係が極めて類似した最高裁判例を見つけることができました。
ところが、私人と企業間のその判例では、信義則の主張を認めているにもかかわらず、私の国家賠償訴訟では、信義則の主張が妥当かどうかの判断はおろか、信義則の主張をしていることすら判決書に記載されませんでした。(詳しくは、 『超大作の上告受理申立理由書 ~原告適格と信義則~』 をご覧ください。)

ホントに「この国の裁判は、いったい、どうなってんのか?」って思ってしまいますよ。

そうすると、これらのことから、裁判員制度を、なぜ凶悪事件にのみ導入するのかっていうことが見えてきませんか

あくまでも私の推論ではありますが、次の3つのことが考えられます。

 凶悪事件にのみ導入するということは、裁判員がより厳しい判断をしそうな公務員の職務上の犯罪等が含まれないこと。
 裁判員の中には探究心旺盛な人も含まれる可能性もあり、そのような人が、担当の事件に関し、独自に判例や学説を調べたりした場合、これまでの裁判の矛盾や問題点などに気がつく可能性があるのです。
それで、とりわけ、国家賠償訴訟を含む民事裁判などは、(私の国家賠償訴訟の例をとってもわかるように)問題解決の一手段であるにすぎず、そのため、これまでずさんな手法によって判決が導き出された可能性が高く、そのような矛盾や問題点が露見しやすい民事裁判を,あえて避けたのではないかと思われること。

 ②の裏の味方になりますが・・・・
凶悪事件の場合、死刑か無期懲役かということで、つまり、被告人の生命がかかっているわけですから、これまでの裁判においても慎重に検証を重ねて判断されてきたものと思われ、そのような事件に裁判員制度を導入したとしても問題が生じる可能性が低いため。


これが、デタラメ裁判を経験してきた私の率直な見解ですが、みなさんは、どのようにお考えですか

 年内は、この記事までにさせていただきます。
たくさんのアクセスありがとうございました。
今年4月からはじめたブログですが、月を追うごとにアクセスしてくださる方が増えており、記事を書く励みになっております。
1月から、また、辛口のコメントをさせていただきます。
みなさん、よいお年をお迎えください。

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裁判所は“裸の王様”!

12/17
先週、私は、新聞のある県内版の記事に、とても不快な気分になりました。
それは、私がよく利用しているショッピングセンターに関することで、ショッピングセンター周辺の住民6人が、住宅が傾斜し亀裂が入ったのは、94年~95年のショッピングセンター建設に伴う地盤沈下のためだとして、開発会社など2社に損害賠償を求めた訴訟の控訴審判決の記事です。
一審の福島地裁いわき支部判決は、住宅の被害と工事の因果関係を認め、約3700万円支払を命じたものの、二審の仙台高裁は、一審判決を破棄し住民の請求を棄却したというものです。


このような私の裁判を行った裁判所に関する記事を目にするときは、いつも、私の担当だった裁判官が記事に出てこないことを願ってしまいます。
それは、前にもお話したように、違法行為を行った裁判官が、いまだに平然と誰かを裁いていることに、強い憤りと不快感を覚えますし、また、仮に、新聞に掲載され世間から注目されるような裁判のみが厳正に裁かれているとしたら、余計怒りと悔しさがこみ上げてくるからなのです。
アンラッキーなことに、いやな予感は的中してしまいました。


ぜんぜん関係ない地域の裁判の記事やニュースでしたら平気なのですが、自分がかかわった裁判所のことになると、記事を読みたいという興味と同時に、また嫌なことを思い出したくないという気持ちが交錯するのです。

それだけデタラメ判決は、私の心の傷となっているのかもしれません。

何か面倒な問題や困難なことに直面しても、解決する術を見つけ、それに向かって努力すれば、努力は報われるということを信じてきましたし、体験的にも十分承知しているつもりです。
ですから、国家賠償訴訟に関しても、希望をもって提訴に踏み切りました。
しかし、いくら努力したところで、それが全く報われない世界が司法なのです。しかも裁判官の違法行為によって、いとも簡単に踏みにじられてしまったわけなのですから・・・・・
司法には、本当に失望しました。
少なくとも、私は、一審判決の直前までは司法を信頼していましたが、その信頼は完全に崩れ、おかしな判決を聞くたびに、愚かな裁判官が、またずさんな判決を下したのではないかという疑いのまなざしで、つい見てしまいます。


ですから、冒頭で述べたショッピングセンターの裁判についても、詳細は知りませんが、私個人の感想としては、私のときと同じ裁判官らが、再び権力者寄りの判決を下したのではないかと、冷ややかな目で見ていますが・・・・

私もそうであったように、裁判に直接かかわってみなければ、多くの人々は、その実状に関心を持つことは、ほとんどないと思います。
多くの国民は、“最高裁”“裁判所”という威厳のある言葉の響きに、裁判所の判断を疑いもなく信じているだけなのかもしれません。
そして、裁判所もまた国民の妄想により作り上げられた虚像の権威を利用して、国民の権利を無視した官僚主権のような横暴な裁判を続けてきたのかもしれません。


ということは、裁判所の実像は、国民の妄想により作り上げられた威厳を利用して、国民を欺いている  裸の王様 ということになりませんか?

司法試験に 数学の試験はどうかしら?

12/10

前回は、裁判官のみなさんにおすすめの本ということで、「細野真宏の数学嫌いでも『数学的思考力』が飛躍的に身に付く本!」(小学館)を紹介しました。
裁判と数学のいったいどこが関係があるのかっていうことに関しては、詳しくお話していませんでしたので、今回は、そのへんのところをお話します。


この本の題名を見ると、数式がいっぱいの普通の数学の本を想像するかもしれませんが、すでに読まれた方はご存知のとおり、数式はほとんど出てきません。
また、数学的思考力というと、たいていの人は、複雑な計算ができたり、公式や定理を駆使して難しい応用問題が解けたりする能力のことで、“日常生活には、ほとんど関係ない” なんて思っていらっしゃるかも知れません。


しかし、この本での「数学的思考力」とは、 「物事の仕組みを一つひとつ整理して考えることのできる能力」と記述されています。
そして、その数学的思考力を、あらゆる分野に応用し、物事の本質を見抜くことによって、様々なことを正確に理解し、わかりやすく解説できることで、人を動かす力を身に付けることにもなるというように、数学的思考力の活用法にまで触れています。

この本の内容で、裁判をする際に、裁判官にとっても、また、当事者である原告や被告にとっても、特に重要であると、私が思った部分をまとめてみますと、
「一見すると正しそうであっても実は大きな矛盾のある論理は以外に多くあるため、素朴な疑問やつっこみによって論理を総合的に判断する『論理的洞察力』を用いて仮説と検証を繰り返し、情報の本質を見抜く」
というところだと思います。

どうやら、私の一審、二審判決には、これらのことが完全に欠落していたようです。
同様のことは、 『どうして裁判所は、一方の観点から検証しただけで安易に結論づけてしまうの?』 『二審のインチキ判決のわけ、実は、仲間(一審の裁判官)思いの“お情け”だったの?』 でも、すでにお話しています。
もっとも、裁判官がヒラメ性を発揮するために、あえて本質から遠ざかろうとしたのではないかという可能性も大きいのですが。
仮にそうであったとしても、素人の私に即座に論理の矛盾を指摘され、ネット上で公開される羽目になるということにまで考えが及ばなかったこと自体、世の中の本質を見抜けていないことになるのかも知れませんが。


以上のように、私は、生意気にも裁判官の判決を批判したわけですから、私の裁判での主張は、当然、パーフェクトでなければならないことになりますが・・・・
ということで、裁判が全く初めての私は、とにかく本に載っていた戦術のノウハウを忠実に実行するよう努めました。
相手(国)に付け入る隙を与えないように、矛盾がないかあらゆる角度から検証を重ね、細心の注意を払って論理を組み立てました。
事件としては複雑なケースであったとは思いますが、事件の経緯を記録していましたので、それに従って正直に主張を展開したまでのことで、主張に矛盾がなくて当然といえば当然のことなのですが・・・・


だからこそ、一審では、福島地裁いわき支部が採用した証拠が限りなく不適切ではありましたが、国を勝訴させる理由を、自由心証主義の下に合法的にかろうじて見つけたものの、控訴の際に私が、その判決理由をことごとく否定したため、国を勝訴させる理由が何ひとつ見つけられなかった二審の仙台高裁は、矛盾した論理と私の主張をねじ曲げたデタラメなものを判決理由として、犯罪行為に及ばざるを得なかったのでしょうけど・・・

 「数学的思考力」、これは、鋭い洞察力で物事の本質を見抜くためにも、裁判官に必要不可欠な能力なのではないでしょうか
いっそのこと、司法試験に数学の試験を導入しては、いかがでしょうかね

 

裁判官のみなさん おすすめの本があります

12/03
このタイトル、どこかで見覚えはありませんか?
そうです。ネット通販のAmazonを開くと、こんな感じのが出てきますよね。
“大きな、お世話よ!”などと思いつつ、つい見ちゃって、面白そうなのがあると思わず注文したりして・・・・
すっかり、Amazonの戦略に乗せられていますが。


前回のブログで、私の本人訴訟による国家賠償訴訟では、ストレスとプレッシャーを感じながらも、ある種の知的ゲームとして楽しめ、優越感と達成感と味わうことができたということをお話しました。

そもそも、私は、裁判は弁護士がするものであると、当然のように思っていました。
弁護士を頼まず、自分で裁判をする本人訴訟のことを知ったのは、訴訟を始めるほんの1年半ぐらい前のことです。新聞か何かでだったと思いますが・・・
でも、はじめてみると、これが、はまってしまいましたね!
単調な主婦の生活で、知的刺激に飢えていたせいもありますが。


私のケースの場合、原告適格や信義則など、けっこう難しい問題も含まれていたわけですが、複雑であればあるほど、余計、気合が入りましたね。
それで、うまく主張や反論ができたときには、それだけ達成感も大きかったですし。


それにしても、なぜ、国語が得意でない私が、難しい法律書を読み、相手(国)の主張や判決書の不備や矛盾を突いて、それらの論理のデタラメをいかに崩すかを楽しみながら思考し、文書にして反論することができたのでしょうか?

このことは、自分自身でも不思議でしょうがなかったことなんですが・・・
私、道を間違えたんじゃないかって思うほどでしたよ。


その理由が、最近、やっとわかったのです。
2,3ヶ月前、たまたま立ち寄った本屋の店頭で、手に取った1冊の本が教えてくれました。


それは、 『細野真宏の数学嫌いでも「数学的思考力」が飛躍的に身に付く本!(小学館)』です。
“数学大好き少女”だった私には、“今さら必要のない本かな”とも思いましたが、自分の思考の仕方を知ることができるんじゃないかと思い、手に取ってペラペラとページをめくってみたところ、「弁護士を志望する人は数学を勉強するのが望ましい」というのが、目に飛び込んできました。さらに、裁判と数学の思考過程は同じで、どちらも数学的思考力を必要とするということが、書かれていました。


面白そうだったので、さっそく購入して読んでみました。
この本に書かれている思考の仕方は、正に、私が裁判で駆使してきた思考の仕方と基本的に同じだったのです。
私が、ストレスとプレッシャーを感じながらも、裁判を知的ゲームのような感覚で楽しめたのは、無意識のうちに、数学的思考力を発揮していたからなんだと思いました。


ということは、論理的に矛盾している二審判決をお書きになられた裁判官の方々の数学的思考力のことが、とても心配になりますが・・・・
 この本には、数学的思考力を身につけるためのノウハウが、とてもていねいに、わかりやすく書かれています。
裁判官のみなさん、是非、お読みになってください。


ちなみに、あまり難しくない漢字にもルビがついていますので、中学生でも・・・、じゃなかった、首相でも、よくご理解していただける内容だと思います。

それと、忘れていましたが・・・・
二転三転する矛盾した主張を繰り返してきた国の代理人には、おすすめしないのか(?)ってことですが・・・


それは、必要性を感じませんね。
何と言いましても、土台となる労働基準監督署をめぐる一連の事件では、行政の対応がいいかげんでしたので、いくら優秀な代理人がついたところで、形勢には影響ないと思いますので。
つまり、デコボコの土台の上に、いくら立派な建物が建ったところで、いずれ崩壊する運命にあるということです。






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プロフィール

ろーずまりー

Author:ろーずまりー
趣味にスポーツにと、平凡な主婦の生活を送っていましたが、夫の長時間労働を労働基準監督署に相談したことをきっかけに、その生活は一転。行政の理不尽な対応に、自ら国家賠償訴訟をすることに。
理系の出身ですが、知的好奇心に駆られた私は、法律関係の勉強に、けっこうはまってしまいました。
中立性に欠ける国家賠償訴訟の実情を、より多くのみなさんに知っていただきたいと思い、ブログを開設いたしました。

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